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zoom RSS X JAPANのToshl、オウム信者が洗脳された手口は似ている!?宗教団体に潜む闇人脈とは

<<   作成日時 : 2018/02/02 23:30   >>

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2017年から2018年にかけて、X JAPANのリーダーYOSHIKIは、ドキュメンタリー映画「WE ARE X」のプロモーションとして、TVのバラエティ番組などに出演し続けており、前年12月には「しゃべくり007」や「第68回NHK紅白歌合戦」に出演し、元旦に放送された「芸能人格付けチェック」では、ワインの格付けの際の配慮ある発言が素晴らしかったとネットでニュースになるほど話題になり、また「マツコの知らない世界」や「ダウンタウンなう」にも出演し、YOSHIKIおよびX JAPANの壮絶な歴史の数々が紹介されました。

1月12日のフジテレビ系「ダウンタウンなう」に出演した際のことについて、1/12(金)のデイリースポーツに、「YOSHIKI Toshlの脱退、洗脳報道で自分を責めた…バンドが迎えた危機」という記事がありました。

1/13(土) 0:07配信 デイリースポーツ YOSHIKI バンド再結成時、Toshlを信じた…どこかで目覚める日が来る

”2007年にバンドを再結成した当時を振り返り、「Toshlの洗脳はまだ解けていなかった」と語った。それでもYOSHIKIはToshlを信じたことを明かした。

YOSHIKIは「Toshlはまだ目覚めてなかった。リーダーの方から『バンドを再結成してお金を自分に持ってこい』と」とToshlが洗脳グループのリーダーから金銭目的でバンド再結成を命じられたことを明かした。

松本人志は「奧さんもちょっとグルだったのよね」と尋ねた。

YOSHIKIはToshlが自身の滞在先の米ロスアンゼルスを訪れ、再結成について話し合ったことを述べた。

YOSHIKIは「何か違うと思ったけどチャンスだと思った。また一緒にバンドを始めて、どこかで目覚める日が来るんじゃないかと」と活動を通じてToshlが以前のように戻ってくれるのではと信じたことを語った。

ロスで再会した時は、バンドのことよりも子供のころの話をして盛り上がったという。”







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1990年代、圧倒的な人気を誇り、これまで東京ドームのライブを18回 行い全てソールドアウト、2016年と昨年のNHK紅白歌合戦に出演し、注目を集め続けているビジュアル系ロックバンドのX JAPAN。

そのX JAPANのToshlさんがどのような団体にどのようにして洗脳されていったのか・・・。

ご本人やX JAPANのリーダーYOSHIKIがテレビで話されていたので、ご存知の方もいると思いますが、どのようにして洗脳されていったのか、ちょっと見てみたいと思います。



高校時代に幼稚園からの幼馴染だったYOSHIKIらと共にXというバンドを結成、1989年にデビューすると、92年には日本人初の東京ドーム3日間連続講演を行なうなど、順調に歌手活動をしていたトシさん。

1992年の27歳の時に、ソロ活動をスタートさせ、それを機に個人事務所を設立し、3人兄弟の一番上の兄を社長に据えました。

しかし、社長業を疎かにして、トシさんのギャラを使うようになると、その額は莫大なものとなり、トシさんだけではなくX JAPANにも多大な迷惑をかけているということで、トシさんIは長兄を解任しました。

同じ頃、トシさんの母がトシさんの実家を訪れたX JAPANのファンを招き入れて、トシさんだけではなく幼馴染のヨシキさんの少期の写真やビデオを無断で見せて、それでファンからお金を貰ったという噂をトシさんは耳にしたそうです。

さらに、長兄の代わりに信用できる友人に事務所の社長業を頼んだけれども、不正経理などの金銭トラブルが発覚し、揉めます。

こうしたトラブルでその謝罪に追われることになり、日々関係者に平謝りを続けるといったことが続いていました。

トシさんはもともとの家族仲や友人付き合いは悪いほうではなかったけれども、家族や身近な人への不信を抱えるようになっていきました。



93年、彼が主役を務めるロックオペラのヒロイン役を決めるためのオーディションが行われ、そこでトシさんの恋人役で決まったKさんこそ、後にトシが洗脳されて、何億ものお金を奪わるきっかけとなるセミナーに誘った人でした。

Kさんとは舞台での共演後も、友人としての関係が続いていたそうで、当時ロサンゼルスに住んでいたトシさんに色々な言葉を書いた手紙を毎日のように送っていたそうです。

94年に帰国して再開してからも、Kさんは涙を流しながら、「死ぬときは手と手を取り合っていきましょう」といった言葉を書いた短冊100本も送ったそうで、孤独だったトシさんはそういう言葉に引っかかってしまい、ほどなくして二人は付き合うようになったそうです。

95年、X JAPANは海外進出を目指していたことから、トシさんはヨシキさんから英語で歌うためのネイティブの発音やより高い表現力が要求さていました。

ヨシキさんが思い描く通りにできないと思い悩むトシさんに、Kさんは色々な装飾を捨ててありのままでいけばいいと言い、そして96年の全国ツアーではビジュアル系ロックバンドでありながら、Kさんに言われるがままにメイクも何もせず歌っていたのでした。

この時、トシさんが洗脳されて、大きな騒動になるとは世間の誰もが思っていませんでした。

或る時、Kさんは自分が好きだというCDをかけ、この曲を聞くと自然に涙が出るのと言い、”X JAPANなんてやめて、家族とも縁を切ればいい、これからは人を癒す音楽を歌えばいい、お兄さんもお母さんもトシさんを利用してきただけだ”と感情的にまくしたてたという。

後に分かったことによると、彼女がかけていたCDは、トシさんを洗脳する団体が作ったCDだったそうで、そんなことには気付かないまま、トシさんにとってはKさんだけが信用できる人になっていきました。

97年、トシさんがKさんと結婚すると、その2か月後にはトシさんはKさんからのアドバイスに従ってついにX JAPANのメンバーに脱退を告げました。

当時ギターを担当していたヒデからは、”ボーカルがいなくなったらどうなるんだ、X JAPANはトシだけの人生ではなくで、みんなの未来でもあるんだよ”と言われたいたそうですが、この頃のトシさんはX JAPANの未来までは考えられない、自分のことしか考えられない心境だったそうで、ついにX JAPANを脱退してしまいました。

こうして、トシさんは、バンドの仲間や家族といった一番身近な人たちとの関係を断絶することになり、その後、12年間の洗脳の日々に入っていきました。



XJAPANを脱退した後、トシさんはKさんに誘われて、都内にある洋館の地下室で開かれるという特別なコンサートに連れていかれました。

しばらくすると、その場所にMASAYAという自称ミュージシャンが現れました。

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後にトシさんを洗脳するセミナー団体の主催者だったのですが、この時にはトシさんは団体について何も知らされていなかったそうです。

MASAYAが歌いだすと、集められていた10人程の人たちが涙を流し出したようで、その光景を見たトシさんは「なんでみんな泣いているんだろう、なんか変な宗教じゃないのかと頭によぎった。」と言っています。

数日後、セミナーの説明会が行われるという連絡が入ったけれども、その日トシさんは39度の熱で苦しんでいたにもかかわらず、妻は今日行かないとだめと言い、セミナーの説明会の会場へと向かうことになりました。

セミナー会場に着くと、そこのスタッフとKさんからしつような説得を受けて、39度の熱で意識が朦朧とする中でトシさんはセミナーの申込用紙にサインをしてしまい、妻の分も含めた14万円を支払ってしまいました。

「一番大きいのは、元妻の存在だと思います。彼女が積極的に行こうと言いました。僕はある種人から見られる仕事をしているので、あまりそういうのに関わったらまずいんじゃないかなというのは、どこかにはありました。だけれども、そういう疑いを言葉巧みに外していったので、そういうのに釣られて行ってしまったのかなと思っています。」

この頃、X JAPANは解散を発表、解散を発表してから5日後、トシさんはKさんとセミナーに参加しました。

トシさんが参加したセミナーの内容はどういうものだったのか。



一日目のセミナーでは、しばらくすると会場にMASAYAが現れて、これから10分間好きにしてくださいと言って立ち去ると、周りはうつぶきだし、トシさんはどうしていいか分からず周りをきょろきょろ見ていたそうです。

すると10分後、MASAYAは、「この10分間に何がありましたか?それがあなたの人生です。周りの様子ばかり気になった人はいませんんか、何をすればいいのか不安に感じた人、それがあなたの人生だ」と言いました。

トシさんは”確かにそうだな、周りのことを伺っていたな、当たっている或は俺の人生ってそんなものだったんだな”と思って、興味を沸いていった一方で、一斉にすすり泣きするセミナー参加者の過敏すぎる反応を怪しいとも思っていたそうです。

次に、出会いの実習というものをしたそうで、部屋を歩き回って、他の誰かと無言で出会って、その相手に対してどう感じたのかを「近づきにくいです・近づきやすいです・よくわからないです」から選んで伝えるというものだったそうです。

トシさんは出会ったほぼ全員から「近づきにくいです」と言われた上に、トシさんが妻に「近づきやすいです」と言うと、妻からもよくわからないと言われました。

MASAYAは「自分が”近づきやすいです”と言われたくて、相手にも”近づきやすいです”と言った人はいませんか?」と人の心を見透かしたようなことを言い、これに対しトシさんはますます興味を惹かれていきました。

後に分かったことによると、セミナーに参加していたトシさん以外の参加者全員がセミナー団体のスタッフであり、トシさん曰く、妻の立ち位置はスタッフのようだったそうです。

二日目のセミナーでは、参加者それぞれが過去の体験談を告白し合うシェアーという工程があったそうで、これはセミナー参加者が順番に幼少期に受けた悲しい・苦しい経験を告白し合い、その内容が酷ければ酷い程、セミナー主催者MASAYAに褒められるというものだったそうです。

例えば、トシさんは「小さい頃によく兄にビンタをされていた」などを言うと、MASAYAは「そんな虐待をされていたのか」とは言い、また一方で母親のことを聞かれたトシさんが「昔、美空ひびありのような歌手になりたかったみたいです」と言うと、MASAYAは「その母親のために、代わりに有名になろうと思ったんだろ」といった具合に、ただ単純に過去の何気ない体験を思い出して話しただけだけれども、セミナー主催者は違う意味に摩り替えていったそうで、そうすることで過去の体験を歪められていき、次第にひどい親だったなと思うようになったそうです。

こうして話の意味を違う意味に摩り替えていくことで、過去の何気ない体験を歪めることから洗脳が始まっていったのだそうです。

トシさんが言うように、セミナー参加者は全員が団体側の仕込みであることから、セミナー参加者の体験談も嘘だったのかなと思いました。

次はセラピーというプロセスを体験したそうで、この団体のセラピーはというと、自分の内面にある恨みや怒りを体で表現し、丸めたマットレスを両親や家族だと思いながら殴りつけるのだそうです。

次はフィードバックという罵倒と暴力を受けることが伴うものだそうで、まず「本当はきついことも言いたくないけれども、本当のことを言って、あなたの本質に気づかせるため」と徹底的に言われた後、暴力を受けながら自分のコンプレックスなど様々な罵倒を受けたそうで、妻もこの罵倒に参加していることはトシさんにとってはショックだったそうです。

しかし、セミナーは自尊心を砕くばかりではなく、セミナー主催者からは「ここがおまえのふるさよだから、いつでも帰って来い」といったアメのような言葉も言われたそうで、すると周りはみんなありがたがって泣いているような状態であったそうで、トシさんも心が揺らいで、引き込まれていったそうです。

幸せになるためには純粋な心を取り戻し、自分の醜い部分を認めて、罵倒と暴力を受け入れ、アメのような救いの言葉を言われると、逃げ出すことが悪であると考えられ、逃げ出したいのは修行が足りないからだと考えるようになっていったとか。

こうして、この団体のセミナーでのマインドコントロールによって過去の記憶が歪められて、家族に対する憎悪が刷り込まれていき、トシさんは「すべて親が悪い」と思い、関係を断たれていたという。

その後も、この団体の一回数十万円もするセミナーに通い続け、トシさんは月の収入とX JAPAN時代に貯めていた貯えの全てをセミナーにつぎ込み、Kさんと結婚してわずか10か月で所持金が底をついていきました。

そうした中、97年12月31日、XJAPANのラストライブが行なわれました。

コンサートの模様がテレビで生中継されるので、MASAYAやKから「テレビの前で見ている」と言われていたトシさんは、どんな顔してステージに立てばいいんだ、余計なことはしゃべれないと思っていたそう。



98年9月には、”トシが或る活動に溺れている”という記事が週刊誌に載り、洗脳騒動が巻き起こっていたのだとか。

当時のトシさんはそうした記事に対し、事務所社長だった自分の二番上目の兄が洗脳騒動を仕掛けて、自分を潰そうとしているのだと思い(思い込まされ)、記事を信じるのはやめてくださいと反論。

MASAYAとKさんと生放送で出演した際にも、「兄が全部仕掛けたことであって、MASAYAは悪くない」といった具合のことを言っていましたが、トシさんの発言や身内が仕掛けたというストーリーもすべてセミナー主催者から指示されたものだったそうで、その時のKさんは隣でじっとトシさんを見ているのですが、様子がおかしいと感じてしまいます。

トシさんの家族までもが週刊誌の取材に応じ、”トシ戻ってこい、騙されるな”といった内容の記事が掲載されることもあったけれども、当時のトシさんは団体に反対する行為を続ける兄や母をどうしても許せないと思い込まされており、家族を憎むようになっていたそうです。



さらに、洗脳騒動が起きたことで団体からは、”食べるものもない、子供たちもお腹をすかせている、騒動のせいで営業もできない、お金も入ってこない、だから何とかしろ”ということを真に受けてしまいました。

そこで、セミナー主催者がトシさんに課したトレーニングが、セミナー主催者が作ったCDをお店においてもらうための営業でした。

団体のスタッフとしてCDショップに飛び込み営業に出かけ、 全国各地の商業施設でMASAYAが作曲した曲を歌い、ドサ周り営業もしていたのだそうです。

音楽性はX JAPAPN事大のものとは全く違うものだったそうで、会場でCDを販売し、売り上げのほとんどが団体に取られてしまい、トシさんに残ったのはわずかな生活費だけ。

一方で、結婚していたKさんはMASAYAと共同生活をし、トシさんとは離れて生活する日々を送り、この生活が約12年続いたそうです。



団体施設で児童虐待が起きたとして、被害者側から裁判を起こされてもセミナー主催者MもKのことも信じていたトシさんでしたが、2006年9月、主催者亜MやKさんを疑って、洗脳がとけるきかっけが訪れました。

それは、X JAPAN再結成の話がトシさんに来たことでした。

トシさんが昔の知人からX JAPAN再結成の話が持ち掛けられていて、もちろん断ったとMに言うと、Mはその再結成の話は具体的にどんなものなのかとトシさんに聞き、”X JAPANを再結成するなら3億円を出すと言われている”とMに言うと、Mは様子が変わり、今度その人に私が会ってみると言い出したそうです。

そして、再結成を持ち掛けた人物と主催者Mが会ってみると、”トシはどうしても嫌だと言っているが、私が言えば説得できる”と言い、再結成を持ち掛けた人物が帰った後、主催者Mはトシさんに「もしこっち主導で再結成すれば、利権はすべて俺のものということになる」と言ったそうです。

それまでトシさんは罵声と暴力によって「X JAPANは悪」ということを刷り込まれていたのに、今度はX JAPANを再結成しろと言われたことに、初めて団体に不信感を抱くことになりました。

2007年10月に再結成した後、再結成に関する大金もすべて妻を介して主催者に渡っていたそうで、トシさんは一日数百円で出来合いのおにぎりなどを食べていたとか。

再結成をすすめたMに対して不信感を抱いていただけではなく、これまでにも繰り返されていた妻・Kへの現金手渡しの際に結局は金なのかと反抗したけれども、主催者Mから酷い暴力を受けたことで、ついにトシさんは逃亡を考えるようになりました。

2009年7月、ヨシキさんからの申し入れを受けて、都内のスタジオでX JAPAN再結成のためのレコーディングをすることになっていたので、ヨシキさん側には誰にも言わないことを約束してもらって、スタジオに向かったそうです。

これまでトシさんは一度も妻・Kの電話を無視したことはなかったけれども、レコーディングの数日前から携帯電話に入る妻・Kからの電話を無視して、行方をくらませていました。

しかし、どこで情報を掴まれたのか、12時間のレコーディング終了後、トシさんは待ち伏せしていた妻・Kと団体幹部らにそのまま拉致され、その後、ホテルで数時間の暴力を受けたそうです。



結局、トシさんは逃げ出すことが出来なかったけれども、2009年10月、X JAPANの再結成の活動の傍ら、団体の曲を売るためのドサ周りの営業先で、トシさんが団体と関係を断つことになるきっかけが訪れました。

その営業先のイベント会場でリハーサルを行なっていた時に、トシさんは慢性的なストレスや睡眠不足や暴力により倒れてしまい、イベント会場の責任者によって病院に運ばれました。

病院で付き添ってくれたイベント会場の責任者はトシさんに「奥さんにも連絡した」と言ったけれども、今度連れ戻されたら死んじゃうんじゃないかなと思い、そのまま逃げようとしました。

しかし、そのイベント責任者がそのまま逃げようとするトシさんを引き止め、知り合いに警察関係者がいるというのでそこでかくまってもらい、何とか逃亡に成功することになりました。

そして、2009年10月、セミナー主催者Mと妻・Kと団体関係者らに対し、訣別の意を述べた文章を送り、正式に洗脳生活からようやく抜け出すことができました。

その後のトシさんらの調べによると、妻・Kにまかせていた個人や会社の数億円の税金未納、借金未払い、健康保険の滞納が発覚し、12年間で奪われた金額は10億円以上だったそうでうす。

2010年2月には、妻・Kとの離婚を成立し、その離婚したKについてトシさんは次のように述べています。

「10年前から、実質的には夫婦ではありませんでした。
仕事場でごくたまに会う以外、守谷香氏(妻)の生活は実際のところまったく知りません。
守谷香氏は、私との家庭生活よりもMASAYA氏と共に暮らすことを選び、これまで毎日、現在に至るまで10年間、那須で生活しています。
私は、東京都港区芝にあるマンションの小さな部屋で、一人で暮らしてきました。
この度、形ばかりとなっていた守谷香氏(妻)との婚姻関係を解消するため、妻に対する離婚調停を申し立てました。
実際はそうではないのに、守谷香氏のブログで、二人で仲良く暮らしているかのような嘘の文章を掲載されたり、デュエットなどの活動を押し付けられていた、すべての偽りが精神的な極度の疲労となっていました。」



このホームオブハートという自己啓発セミナー系のカルト団体で、トシさんは12年もの間、働いて得たお金の全てを妻やホームオブハートに渡し、莫大な税金と借金が課せられた被害者でもある一方で、このホームオブハートの広告塔としてセミナー生を積極的に勧誘してきた加害者でもあるそうです。

ホームオブハートの悪質な部分は、被害者に勧誘させて新たな被害者を作り、被害者も加害者の立場にしてしまうところだそうで、同団体から逃げてきた人のほとんどが、トシさんも含め、借金まみれになり自己破産せざる得ない状態になっているのが実情だったそうです。







また、洗脳が関係していた事件について、洗脳によって信者を獲得していったというオウム真理教の件が浮かびます。

最近、地下鉄サリン事件など4つの事件で殺人などの罪に問われ、先月、上告を棄却されたオウム真理教の元幹部・高橋克也被告ついて、最高裁が高橋被告の異議申し立てを退ける決定をし、無期懲役の判決が確定してたそうです。

これで、23年にわたったオウム真理教をめぐる刑事裁判は全て終結したことになります。

オウム真理教の事件といえば、それに関わった人の多くが、高学歴な人であったことも、世間の人が驚いた点ではないかと思います。

その多くが、大学生の頃に勧誘されて、オウム真理教のセミナーに参加し、大学や大学院を中退してまでオウム真理教に入信したそうですが、なぜ高学歴なのにあんなに怪しい宗教にはまったのか疑問が残るところです。

例えば、その一人である土谷について、その生まれた家庭は裕福なところだったそうで、高校に入るとラグビー選手として活躍し、学校の成績も良く、希望通りに筑波大学に入学しました。

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筑波大学に入学すると、親元を離れて下宿生活を始め、大学では高校の時からずっと憧れていた筑波大学のラグビー部に入り、順風満帆な学生生活を送っていたそうです。

しかし、ラグビー部に入って一週間も経たない頃、重症の肉離れという怪我を引き起こし、ラグビー部を退部せざるを得なくなりました。

退部後は、その頃に交際していた女性が気落ちしている土屋を励まそうと、懸命に支えてくれたそうで、しばらくするとケガによってラグビーができなくなったショックから立ち直ったそうです。

ところが、ある時、土谷は交際していた女性が二股をしていると友人から聞かさたそうで、それを確かめるために一時間おきにその彼女の実家に電話をするのですが、本人が出ることはなく、他の男性と交際しているんじゃないかと思うと次第にどんどんマイナス思考になっていったのだそうです。

そして、ついにその彼女とは別れることになり、人生で初めて心を開いた彼女が離れていった出来事によって心に大きく穴が開いたのだそうです。



その頃、世の中はバブルの最盛期だったそうで、大学生も浮かれていて、派手なパーティーを毎晩のように行っている学生たちもいるような時代。

それで、土谷はそうした時代に馴染むことができなかったそうで、就職する気にもなれなかったので、大学院に進学しましたが、周りは就職が決まっていく中で自分だけが決まらない・・・、次第に自分の人生に不安を感じるようになったと言われています。

そのした中で、大学院で同じ学生から、”不思議な体験ができらしい。イベントがあるから一緒に行ってみない?”と誘われたのが、オウム真理教が開催していた超能力セミナーでした。

セミナーで土谷を迎えたのは村井秀夫だったそうで、土屋は村井の未知の科学知識に溢れた話に引き込まれていき、超能力セミナーに参加。

そこで、「初めてなのにそんなことができてすごい、きっと麻原尊師の導きだ」などと煽られたことで、「この道を追求したい」と思うようになり、教団に入信します。

オウム真理教のセミナーに参加してからおよそ4か月ほど経った頃、教団側から「尊師が君の出家を望んでいる」と言われて、当初は断ります。

すると今度は、エゴを捨てるために必要だとして教団修業が勧めるままに30万もするセミナーに参加したり、修行が足りないからと、説法テープを毎日聴きなさいと言われて10万もするテープを購入したりしたそうで、それらは教団側に借金して契約したので、借金は膨らんでいったそうです。

その借金を返すために、やがてアルバイトに明け暮れる日々を送ったそうで、いくつものアルバイトを掛け持ちしないと借金は返せそうになかったとか。

それでも、激しい修行は代わらず続き、睡眠時間はわずかで、食事は1日1食だけという生活を送っていたそうで、次第に正常な思考能力を徐々に失っていきました。

当時オウムの危険性は社会に知られ始めており、オウム真理教信者である土谷は当然大学の研究室の中で白い目で見られ始め、孤立し、次第に大学院にも行かなくなっていきました。

この1990年1月、オウム真理教は衆議院選挙への集団立候補をして、もちろん惨敗したのですが、そのことについて麻原は「考えられることは選対がらみの大きなトリックがあった可能性はある」とか、「こんな得票数は有り得ない、やはりオウムは国家に弾圧されている」と信者らに言いました。

すると、閉鎖的な生活をしていた信者らは、社会を敵視することで、結束が強まっていったそう。



一方で、入信に反対の立場をとっていた土谷の両親は、1990年7月19日、オウムから脱会させるために、茨城県所在の仏蓮宗のお寺に土谷を監禁しました。

しばらくの監禁により一旦は、マインドコントロールは解けたかに見えたのだそうです。

ですが、オウム側は町田市にある土谷の実家を盗聴して、土谷の居場所を突き止め、さらには土谷が監禁されている仏蓮宗のお寺に街宣車を動員して、連日のように押しかけて土谷の解放を求め街宣を行い、さらにオウムの反撃はこれだけではなく、土谷の実家前には大量のビラが撒かれたと言われています。

そうした中、オウム側は教団の顧問弁護士でもある青山の名で、東京地裁に人身保護請求を申し立てました。

これにより土屋は裁判所に出頭しなければならなくなったので、隔離施設から一旦出なければならなくなりました。

翌日に予定されていた人身保護請求の裁判に備えて、街宣を続けるオウムに見つからないように、用意していた車に乗って両親や仏蓮宗関係者らとともに都内に向かい、裁判所に出頭するまで都内のホテルに宿泊していましたが、土谷は夜中に抜け出し、そのまま家族と縁を切ってオウム真理教富士山総本部で集団生活に入っていきました・・・

その後、1995年3月20日に地下鉄サリン事件、3月22日に警視庁が上九一色村などの教団施設を強制捜、4月23日に村井秀夫幹部が刺殺され、5月16日に警視庁が上九一色村で松本死刑囚を逮捕が起きました。







XJAPANのToshlさんとオウム真理教の土屋、二つの例は土屋は洗脳された過程があったにせよ、地下鉄サリン事件や関連事件の凶行に加わっていた立場であるそうで、Toshlさんは被害者でもある一方で、このホームオブハートの広告塔としてセミナー生を積極的に勧誘してきた加害者でもあるそうで、それぞれの状況も立場も違うけれども、両者が洗脳された過程を比べてみると、洗脳する側の共通のやり方が見えてくるのではないかと思います。

Toshlさんが元妻からセミナーに誘われ、セミナーに初めて参加した日、スタッフの人から「彼が特別にあなたがたに会っていいと言っていますが」と言われて、セミナー主催者に会ってみると、「これからは癒しの時代が来る。本質的なことをやれば、多くの人を感動させることができる。」と言い、矢継ぎ早に自論を展開するMに引き込まれていったそう。

そして、「私はセミナー会社もやっているんですよ。もちろんセミナーの話は誰にでも話すというわけではありません。あなたがたには特別にお話をする。」と言い、今聞けば胡散臭いけれども、当時は”特別ですよ”という言葉を何度も繰り返されて、言葉通りに受け取ってしまったそうです。

土屋についても、同級生からオウムが主催する超能力セミナーに誘われ、誘われるままに行ってみると、出迎えた村井秀夫は未知の科学の話をしたそうで、そうした話に引き込まれていったとか。

4入信してヶ月間の在家修行の後に教団側から「尊師が君の出家を望んでいる」と言われて家族の縁を切ってオウムの施設に出家することを勧められまたそうで、相手の知らない知識の話をして引き込み、特別だと言って誘い込むあたりが似たやり方であるように思います。

また、トシさんは最初の3日以降もセミナーに通い続けていたそうで、その代金は一回数十万円以上で、内容は本人の自我を破壊するトレーニング、新しい思考や思想を植えつけるトレーニング、最後に勧誘するといった段階があるそうで、Toshlさんを洗脳した団体はセミナー系の団体の中でも強烈なものだったそうです。

土谷については、修行と称するものに参加する中で、エゴを捨てるために必要だとして教団が勧めた30万のセミナーや、煩悩が捨てれていないとして10万の説法テープといった複数の修行プログラムを教団側に借金して受けていたそうです。

セミナーや修行の値段が一回何十万もしているところは似ていますし、本人の自我を破壊するトレーニングだとかエゴを捨てるためだとか、コントロールする側の判断で動く人間にするためにその人自身が自分の考えに自信を失ってしまうようにでもしていたのかなと受け取れます。

さらに、トシさんはX JAPANを再結成をしてから、その再結成に関する大金は元妻を通して、主催者Mに入っていったそうで、Toshlさんは1日何百円かの生活費で、出来合いのおにぎりを食べて生活していたそうで、食事は粗末なものを一日に一食だけだったそうで、正常な思考能力を徐々に失っていったところも、コントロールのやり方が似ていると思います。

それから、元妻の意見によってX JAPANを脱退し、家族や友人や知人などの絆を絶たされており、一方で土谷も家族との縁を切って集団生活を送るオウムが言うところの出家をしたそうで、人との関係を断つことによって情報をコントロールされており、自分で判断しているようだけれども、その人が信頼させられている人の判断しか聞いていない状態になっていました。







Toshlを洗脳していたホームオブハート、土谷などの信者をマインドコントロールしていたオウム真理教のように、或る怪しい宗教団体の話をしたいと思います。

その或る怪しい宗教団体はどのようにして作られたのかというと、新興宗教の本部で次期教主を継ぐはずだったAがその夫の言動に問題があったためにAの姉妹が継ぐことになり、その結果Aらは勝手に出て行って別派団体を作ったという。

1.新興宗教の本部で次期教主になるはずだったA   
2.別派団体の次の次のリーダーになるはずのB

Bが不可解なグループと連携して奇妙な音楽イベントを開催している様子がネットで掲載されていた。
音楽パーティーの野外会場で乾燥大麻などを所持したとしてよく大麻取締法違反(所持)容疑などで現行犯逮捕される事件もあるように、Bが不可解なグループと連携して開催している奇妙な音楽イベントは大麻コミュニティの人が行なうレイブパーティーにも酷似している。
日本での麻薬の売買の元締めは、元公安菅沼氏の発言からも北朝鮮勢力だそうで、この別団体には北朝鮮勢力が潜んでいると考えることもできる。

ここが親しくしている料理関係の講師が、”雑草を食べなければ、人類は滅ぶ”と恐怖を煽っている。
救う会西岡力氏が言っていたが、北朝鮮が飢えで大変だった時、雑草を食べていた時期があったそうで、雑草を食べて、死んだ人もいるそうですから、つまり、雑草はむやみに食べるものではないようです。
この料理講師の”雑草を食べろ”発言からも、北朝鮮勢力の存在が匂う。

そして、公安が作った資料の中に、テロ組織などの情報が記載されおり、その中に特異集団という項目がある。その中にカルトの発言の特徴として、”人類滅亡”や”人口削減”を挙げており、”雑草を食べなければ人類が滅ぶ”発言はまさにカルトの特徴みたい。

自然回帰をしたいナチュラリストなんだと称して麻の服を着た人々が、この別団体の所在する人目につかない山間に移住しており、実際に自然に回帰するためだと称して人目につかないところに移住しているのだと言いながら、大麻コミュニティを形成していた事件がある。





人目がつかない山間での音楽イベント、麻服集団、人目がつかない環境に移住・・・、実際2016年には、次のような事件が起きています。

「長野県の集落に移住して暮らしていた27〜64歳の男女22人が大麻取締法違反容疑で逮捕、乾燥大麻約8キロなどが押収された事件。容疑者の中にはCDデビュー経験者もおり、音楽イベントなどを主催するかたわら、大麻パーティーにふけっていたとみられる。容疑者たちはどんな生活を送っていたのか。

厚生労働省の麻薬取締部によると、22人は各地から長野県大町市や池田町の過疎の限界集落に移住。「大麻コミュニティー」を形成し、大麻を乱用していたとみられる。一部はその後、静岡県湖西市に転居した。

容疑者のうち11人が生活していた大町市の住民男性は「私が知っている男性は空き家を借り、自治会に入って農作業にも精を出すなど、地域に溶け込もうとしているようにみえたから、正直驚いている」と話す。」


リーダーの男は東京で音楽関係の仕事をしていて、移住者支援が進んでいない長野県の限界集落にが他見から移り住み、林業を営む先輩の下で働いていたそうで、自治体の行事にも積極的に参加し、すぐに地域に溶け込んでいったそうです。

しかし、この男がやってきた後から移住者が増え始めていったそうで、その数は20人以上で、そのうち6組12人は夫婦で、外国人の人もいたようです。

これらの移住者の評判はというと、子供も全然いなかったところに引っ越してきて、明るくなったと感じていた人もいたそう。

そんな移住者の生活スタイルにはいくつかの共通点が見られたそうです。

自然な暮らしがしたいということで、衣服も普通の人とは違う麻や天然コットンの服を着ている人もおり、さらには昔ながらの薪ストーブを好んで使用し、外に薪を積んでいる家が多かったそうで、また野菜を栽培し、自給自足のような生活を送る人もいたそうです。

そして、移住者たちには不可解な行動があったそうで、夜になると移住者の家から太鼓の音が聞こえてきて、気味が悪かったそう。

その理由を彼らは、「ネイティブアメリカンを呼んでお祈りをするので、太鼓の音がうるさいかもしれません。」と説明していたとか。

年に数回、県外の客を招いて、音楽イベントを開いていた音楽のイベントを山の奥深いところでやっていたりしていたそうで、2016年9月30日には3日間にわたる「信州申まつり」という音楽イベントを行ったそうです。

ミュージシャンによるライブの他に出店も並び、山間の町が人で溢れて、賑やかになっていたそうで、まつりは夜九時までだったけれども、夜9時を過ぎてもいつまでも残り続ける人たちがいたことに疑問を感じる人もいたとか。

別の日には、住民の人が移住者の家に野菜をもっていくと、オドオドしていた様子だったそうで、地元の人たちによると気持ちの変化が激しいと思う時があったそうです。

そんな矢先に、2016年11月、町に移住してきていた男女22人が大麻取締法違反の疑いで一斉逮捕されました。

逮捕された移住者の自宅からは、乾燥大麻およそ8キロ、大麻草7本が押収され、大麻が練りこまれたクッキーも見つかったそうで、移住者たちは音楽イベントにも大麻を持ち寄って使用し、大麻コミュニティを形成していた。

こうした山の中が選ばれた理由としては、都市部だと警察も多いし、どんどん検挙されているので、そういうところから逃げるためには人目につきにくい山の中の田舎にいくしかないという理由があったとも言われています。

被告人両者は子供の誕生日会や音楽イベントなどでも、お互いが栽培した大麻を持ち寄り、共に大麻を使用していたそうです。

キャンプ場にネイティブ・アメリカンの住まいであるテントを幾張りも建てて、ミュージックを大音量で流し、いわゆる大麻レイヴパーティー”の会場だったということなのだろうなと思いました。





1.新興宗教の本部で次期教主になるはずだったA・・・以下、A   
2.別派団体の次の次のリーダーになるはずのB・・・以下、B
3.新興宗教の本部・・・以下、本部教
4.新興宗教の別派団体・・・以下、別派団体


本部教から派生した別派団体の話に戻ります。

別派団体が所在する山間の村には麻服を着た集団が移住してきており、Bは自然回帰を目指すと称して麻服を着たナチュラリストグループと連携して奇妙な音楽イベントをよく開催、さらにはネイティブアメリカンのミュージシャンを招いて音楽イベントを開催、それらは長野県の大麻コミュニティ事件を起こしたグループの動きと酷似しています。

この新興宗教の本部教の戦前の状況について、ある本には次のように書かれていました。

「この教えは、本部教教祖の〇〇が54歳の時に、突然神がかり状態となって、世界の建て替えが来るということを大声でどなり始めたのが最初で、やがて次第に大声で怒鳴るような興奮状態が鎮まると、紙の上に〇の〇〇の筆先渡渉する平仮名書きの文章を書き綴ったのに始まるのである。」

「その本部教教祖の筆先として発表されたところによると、今まで祟り神として押し込められていた神が、いよいよ時節到来明治25年より出現して、最後の審判を行なうというのであった。本部教がそのころ人の心を惹き付けたのは、最後の審判の次期を明瞭に指示したことであった。お筆先は仮名書きであって意味がどうにでも受け取れるのであったが、それに漢字を当てはめて意味を敷衍して発表するのは教主〇〇〇〇の役目であった。」

「最後の審判というものは、日本対全世界の一大世界戦争を発端として、日本全国が敵軍に空襲せられ、その時に世界全地に大地震があり、大落雷があり、飛行機より爆弾は火の雨と落下して日本全国がほとんど灰燼になるが、この〇〇の地の十里四方の上空だけは、守護されていて飛行機が入れないから、この〇〇の地だけは安全であり・・・、この安全地帯へ逃げて来ている者は助かるが、その他の者はほとんど全滅する、という功利的な意味で〇〇の地に移住してくる者も多かった。」

「本部教のお筆先の一部を引用して種々憶測を加えていろいろなデマを飛ばすものが、あちらにもこちらにも出て来た。根も葉もないことが現実味をもって伝えられ、本部教が世界を統一した後に現在の本部教の功労者たる人たちは太守になれるとか、妙な功利的な利益を言い触らす者もあった。」

戦前、この本部教のオフで先を利用してデマを言い触らして人々を恐怖に陥れる人もいたそうで、戦後はこの本部教の別派団体はまるで大麻コミュニティと酷似した活動をしているように受け取れるのです。

でもその本部教の教典は明治・大正時代に書かれたものだそうで、何が書いているのかな?と思って、図書館で借りると、次のようなことが書かれていました。

「悪神の企みは、今まではトントン拍子に来たなれど、九分九厘でもう一足も先へも行けず、後へも戻れず、往きも還りも成らんというのが、今の事であるぞよ。
ここへ成りた所で、悪神の頭が充分改心を致して、善へ立ち返りて、善の働きをいたさんと、世界中の何も知らん人民が、この先でエライ苦しみを致すぞよ。
この〇〇の中にも、悪の身魂の守護神が化けて来ておるが、もう化けを現して、皆に見せてやるぞよ。」

”悪の企みは九分九厘で掌返して、赤恥じかいて帰るものもたくさんあるぞよ”といった、悪の企みは九分九厘でひっくり返るといった文章がよく出てます。

この教典文章の内容が嘘か本当かは別として、要は悪の企みは失敗するんだよという意味だと受け取れるとして、同じような内容のことが日本の神話である古事記にも「ヤマタノオロチ退治」や「神功皇后の三韓征伐」として出てきます。

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日本神道は、自然のあらゆる万物は神の現れであり、あらゆる万物には神が宿っているとして、たくさんの神様ー八百万の神を崇拝する考え方だと思うのですが、その八百万の神のうちの一つとして古代の日本人は悪の企みが退治されるような働きを「ヤマタノオロチ退治をしたスサノオノミコト」や「神功皇后の三韓征伐をお助けした天照大神の荒御魂」としてお祭りしていたのかなとも思います。

トシさんにしてもオウム事件にしても、すべて解き明かされたというわけではないと思うけれども、こうして事件になってバレている時点で悪い企みはそううまくいくものでもないという実例のようにも受け取れます。








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