今、北朝鮮への制裁に合意する国が増える中、今後、北朝鮮の行く末はどうなるのか・・・
その時、日本はどうするべきなのか・・・
今の内に考えておくべき重要な事ではないだろうか・・・
今までに、北朝鮮と同じ社会主義体制の国が、崩壊してきた実例を挙げ、今後を考えてみましょう。
Ⅰ ソ連”崩壊”
1919年、コミンテルン(国際共産主義者)による共産革命によって、ロシア王室が打倒され、社会主義体制のソ連が樹立されました。
社会主義体制の経済とは、全ての企業と全ての個人の財産を国有化し、全ての物の生産計画を国が決め、全員が労働し、働いても働いても賃金は変わらず、出回る商品も少ない・・・、なんだか理想も自由もない、暗い体制だったのです。
しかし、そんな社会主義体制が長続きするはずはなく、1991年、社会主義体制のソ連は、崩壊します。
平等な世界を作るんだという共産主義の理想を掲げながら、実際には、きちんと計算して生産計画を作っていたわけではなく、理想と現実の間に大きなギャップがあり、社会主義体制は崩壊しました。
Ⅱ ベルリンの壁”崩壊”によって、西ドイツと東ドイツが統一
第二次世界大戦後、1945年2月イギリス・アメリカ・ソ連の連合軍が、戦後の分割をどうするかについてのヤルタ会談を、ウクライナのクリミア半島で行いました。
ドイツや日本の占領をどうするか、ということを連合軍側が話し合った結果、ドイツは東と西で分割占領することになりました。
西ドイツは、アメリカ・イギリス・フランスといった自由主義・資本主義国が占領し、東ドイツは、社会主義国ソ連が占領しました。
そして、ドイツの首都ベルリンは、東ドイツ側に位置していたのですが、首都ベルリンも西と東に分裂しようという事で、東と西に分裂しました。
西ベルリンは、自由主義で経済が活発なのに、一方、東ベルリンは社会主義体制であるために自由がなくなり不満を持った市民らが、東ベルリンから西ベルリンに逃げ出しました。
市民が逃げ出すと、労働力がなくなるので、亡命を止めるためにソ連が行ったのが、”ベルリンの壁”でした。
しかし、1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊。
”ベルリンの壁崩壊”も、社会主義体制が長続きしない体制であり、無謀な体制であるという実例の一つです。
Ⅲ 中国も改革開放によって、実質的には、共産主義の理想を捨てた
1978年、改革開放によって、共産主義体制の経済体制を捨てた中国も、資本経済を取り入れました。
これによって、名目は共産党一党独裁ではあるが、実質的には共産主義の理想を捨て、実質的には共産主義体制の間違いを認めている。
ソ連、東ドイツ、東ヨーロッパ諸国、中国・・・
これらの社会主義体制であった国々は、大きな無謀な理想を掲げるが、その理想が現実に合う計画ではなかったので、結果として理想と現実の大きなギャップが生まれ、市民の不満も高まり、社会主義体制が崩壊し、その間違いを認めている。
同じ社会主義体制である北朝鮮の実情は、おそらく、報道で言われているような実情ではないでしょう。
信用を無くし、周りの国にプロパガンダしているイメージとは違う北朝鮮も、崩壊寸前ではないでしょうか。
そんな北朝鮮が、例えば崩壊して、困ったフリをした北朝鮮難民が日本に押し寄せ、関東大震災後や戦後の様に、日本で暴利を貪り、オウム事件のようなテロを起こした隙に、何らかの手段で日本を乗っ取ろう、くらいの計画はあるんじゃないかな、と考えられます。
学校の教科書で、”日本人には嘘を付くことを当たり前”、と植え込まれている北朝鮮人に対して、”同じ人間なんだから、ちょっとくらいいいだろう”と甘く考えるのは、大変危険です。
彼らは、もし私たちが少しの財産でも示すならば、”こんなに金があるのか、なら嘘を付いてもっと貪ってやれ”と、エスカレートします。
拉致被害者に関する北朝鮮とのやり取りが、それを証明してくれています。
拉致被害者を返したら、北朝鮮の色々な実情が明らかにされてしまう事を恐れているのもあるでしょうが、一番は日本から何億という金をがっぽり貰おうということなんじゃないかな、と思います。
ですから、何代か先の子孫を思うなら、気を付けなければならない事なのです。

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